大阪地方裁判所 昭和44年(わ)2261号 判決
〔主文〕被告人両名はいずれも無罪
〔理由〕第一、本件公訴事実
被告人両名は、昭和四四年六月一七日午前三時ごろ、大阪市南区難波新地一番町二番地喫茶店「法善寺」で遊んでいた○○子(当時一六才)を認めるや、とK共謀のうえ、同女を強姦しようと企て、同女を取り囲んで同店から連れ出し、直ちに同店付近から同女をタクシーに乗車させて、同市西成区東田一〇番地ホテル「新橋」前まで連行したうえ、同女を、同ホテル一階九号室(一畳半の間)に連れ込み、被告人Uにおいて、同日午前三時ごろ、同所で同女に対し、「やらせ、言うことを聞かんと手が早いから、お前はどんなになるか分らんぞ。おれはこないだ刑務所から出てきたところだ。」などと申し向けて脅迫し、同女を仰向けに押し倒し、ズボンおよびズロースを脱ぎとるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫し、次いで被告人Rにおいて、同日午前四時ごろ、同所で右強姦により畏怖していた同女に対し、「させ、ズボンを脱げ。」などと申し向けて同女を仰向けに押し倒し、すでに同女がはいていたズボンおよびズロースを脱ぎとるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫したものであつて、被告人両名の右各所為は刑法一七七条前段六〇条に各該当するというのである。
第二、当裁判所の判断
一、そこで判断するに、<証拠>によると、被告人Uが昭和四四年六月一七日午前四時ごろ、前記室内で〇〇子を姦淫し、次いで、まもなく被告人Rが同所で同女を姦淫したことが明らかである。そこで、被告人両名の右各姦淫行為が果して強姦罪を構成するか否かにつき検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被告人両名および被害者の経歴等について
(1) 被告人Uは本籍地の中学校卒業後、工員となり、昭和四四年二月ごろから守口市所在のK工業O組で熔接工をしていたもの、被告人Rは中学生三年生までS学園に収容されたのち、履物職人、手配師手伝等を経て、露天行商の手伝をしていたもので、被告人両名は、同年五月ごろ、同市北区の梅田付近のパチンコ店で遊戯中知り合うようになつたものである。
(2) 被害者○○子は八尾市所在の中学校を卒業してから店員等をし、その後同年四月ごろから家事手伝をしていたものである。本件当時、同女は満一六才であつたけれども、すでに異性との性交経験を持つており、両親の注意にもかゝわらず、屡々男友達と深夜まで喫茶店等を転々と遊び回るなどとかくその行状に問題があり、補導員に補導されたこともあつた。
(二) 被告人両名が喫茶店「法善寺」で被害者と知り合い、ホテル「新橋」に至るまでの経緯等について
(1) 被告人両名は、昭和四四年六月一七日午前二時ごろ、被告人Uの知人Kとともに、前記喫茶店「法善寺」二階におもむいたが、被告人Uは、たまたま同店内に同じ年頃の二名の男友達と入りさらに他の数名の未成年の男女と合流して遊んでいた被害者○○子を認め、同女を他所に誘い出したうえ、同女を口説いて姦淫し、できればこれと同棲しようと企て、同女に「あんた、おれの別れた前の女に似ている。可愛いい、おれとつき合いをしてくれや、妹になつてくれ。」などと話しかけた。これを聞いていた被告人RおよびKは、被告人Uが同女を姦淫しようとしているでのはないかと感じ、同被告人の同女に対する姦淫に協力するとともに、同被告人が姦淫する場合には一緒に同女を姦淫しようと考えKも同女のそばに近寄り、同女に「自分の妹になつてくれ。」などと話しかけていた。
(2) 一方右のように被告人Uらに話しかけられた○○子は、そばにいた被告人らの身なりや言葉使いなどから、被告人らに対し、ある程度おそれを抱き、また、被告人らが同女に目をつけていることに感づいた同席の女の一人から促されたので、いつたん、同所を逃げ出しかけたが(もつとも○○子にもその男友達にも同店より帰宅する必要な金銭の持合せはなかつた。)、やはり同席していた少年の一人に呼びとめられて店内に戻つたことがあつた。
(3) 被告人らと右○○子ら未成年者の一団は、右喫茶店に一時間近くもいたが、まもなく、同店経営者より、補導員がほどなく巡回にくるので未成年者は早く帰るように促されたので、被告人らにおいて全員の飲食代を支払つたうえ、同日午前三時ごろ、全員同店を出たが、その際、被告人Uが「新世界」の方で食事をしようと誘うと、同女は格別いやがる様子もなくこれに応じた。そこで、被告人らは、同女ら右未成年者の一団とともに、タクシーを拾おうとして歩き出したが、途中同女が寒いと言い出したので、被告人Uが同女の肩に背広をかけ同市南区内道頓堀角座付近に至つた際、パトロールカーが走つてきたが、同女ら右未成年者の一団は、いずれもこれをとめて助けを求めることなく、却つて、警察官に見つけられ補導されることをおそれて、そばに停つていた自動車の陰に隠れて、これをやり過ごした。
(4) その後間もなく、被告人らは、その付近でタクシーをとめ、同女とその男友達の一人をこれに同乗させたうえ、その他の者と別れ、「新世界」を経て市同西成区内地下鉄「動物園前」駅付近路上に至り、同所で下車したが、被告人Uの○○子に対する姦淫の意図を察知していた被告人Rは、直ちに知人と交渉して前記ホテル「新橋」一階九号室を借り受けることに成功した。そこで、被告人らは、同女とその男友達を連れて、同室内に入つたが、同女と話しをするから他の者は出ていつてくれという被告人Uの要求により、同被告人と同女を同所に残して他の者は外に出ていつた。
(三) ホテル「新橋」における各姦淫当時の状況について
(1) 被告人Uは、同日午前四時ごろ、同所において、同女に対し、「おれは前の女と別れて一人や。とにかく一日でよいから一緒に暮してみて、良かつたら結婚してくれ。もう夫婦やからかめへんやんけえ。おれは刑務所から出てきたばかりや、わしの言うことを聞かなんだら、どないなるか分らん。親兄弟を殺してでも連れ戻す。おれは手が早いんだ。」などと多少威迫的言辞をまじえて同女を口説き、同女を抱き寄せてせつぷんをしたうえ、同女に性交を求めると、同女は、当初これを断つていたものの、その後「あんた一人ならよい。」と答えてみずからブラウスを脱いだ。その際、同被告人は同女の左上腕部に青黒いあざがあるのを見つけ、同女にその理由を聞くと、同女より、近畿大生に暴行をうけ怪我をした跡なので、その学生に話をつけてくれと言われた(右暴行をうけたという点については、被告人Uの当公判廷における供述によると、同被告人は、この話を右ホテル九号室で同女と姦淫する直前に聞いた旨供述しているのに対し、証人○○子の当公判廷における供述および第二回公判調書中の同証人の供述部分によれば、同女は、この話を同号室で同被告人と姦淫をした直後、あるいは、その後同被告人と栄楽荘アパートで同棲中にした旨異つて供述をしているけれども、同女のこの点に関する供述は甚だ曖昧であり、この供述をもつて、同被告人の前記供述を覆えすには不十分である。)。かくして、被告人Uは、同女にズボンおよびガードルなどを脱がせたうえ、その場に仰向けに寝ていた同女を姦淫したが、その際、同女は足をばたつかせて抵抗しただけで、これ以上に声を出して助けを求めるとか、その場を逃げ出すなどの行動にでなかつた。
(2) まもなく、前記ホテル前付近路上で待機していた被告人Rは、右姦淫を終えて出てきた被告人Uについで、同女を姦淫しようと考え、前記九号室に入つていき、身づくろいをしていた同女に対し、「もうUとしたやろ。させ。」と言つて、同女の肩をもつて同女をその場に仰向けに押し倒してせつぷんをし、さらに、同女の両腕や足を押えつけたうえ、同女のズボンやパンツをすね付近まで引きおろして同女を姦淫したが、この際、同女は「やめて。」「いやだ。」と言つて足をばたばたさせ一応抵抗をしたけれども、被告人Rをはねのけるとか、声をあげて助けを求めたりはしなかつた。
(3) 被告人Rが同所から出てきた後、Kも、同室内に入つていつたが、同女に対して姦淫行為には出なかつた。
(四) 右各姦淫後の状況について
(1) 右各姦淫後、被告人Uは、右ホテル前付近路上などで、知人神田某より、しつように、同女を和歌山方面に売春婦として売り飛ばす話をもちかけられたが、これを断つた。
(2) 同被告人は、同日午前八時ころ、同女を、同被告人居住の同市西成区旭削通り八丁目一七番地栄楽荘アパートに連れて行き、同日から同月二七日ごろまで約一〇日間、同女と同棲生活をし、この間同女と肉体関係をもつた。しかも、この間、同被告人は、実姉方や実兄方に同女を伴ない、同女との結婚について相談をし、又、同女のため、テレビ、腕時計を入質してえた金で、同女に衣服を買い与えてやるなどして同女に好意を示していた。
(3) 他面、同女は、右同棲期間中、しばしば、近くで牛乳配達をしていた少年達とも遊び、この間、右アパートで一人になる機会も何度もあり、又、同月一八日ごろ、友人に電話をかけたりしているけれども、特に同所を逃げ出したり、他に助けを求めたりしなかつた。その後、同女は、同月二七日夕刻、喫茶店に遊びに来ていた友人に電話した際、たまたま同女の捜索願がでてその友人のそばで聞きこみをしていた警察官にその所在等を知られる結果となり、被告人両名は、同女の法定代理人実父の告訴に基づき、強姦容疑者として順次逮捕されるに至つた。
二、以上認定事実から明らかなごとく、被告人Uは、右姦淫行為の前から、○○子に対して好意を抱き、同女に同棲を求める意図のもとに同女を上記室内に連れ込み、種々の話をしながら同女を口説いたうえ、これを姦淫するに至つたものであつて、この間上記のごとく多少の威迫的言辞が用いられているが、同女も同被告人との同棲ないし性交に進んで同意したとはいえないまでも、強くこれに反対する意志もなく、格別の抵抗も示すことなく性交に応じ、さらに引き続いて同棲するに至つており、かような事情に照せば、右の威迫的言辞をもつて、被害者の反抗を著しく困難ならしめるべき程度の脅迫にあたるものということができないのは多言を要しない。もつとも、○○子は当時一六歳であり、同被告人のほか被告人RおよびKも同行して同女を深夜安ホテルに連れ込んだことは上記認定のとおりであるけれども、かかる事情を考慮しても、同女の経歴素行ことに深夜に至るまで帰りの交通費や飲食代に必要な金銭すら持たずにほとんど無一文で盛り場のいわゆる深夜喫茶店で異性と遊んでいた事実に照せば、同被告人によつて被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度の脅迫が行われたものと認めることはできず、他にかかる程度の暴行脅迫が行なわれたことを認めるに足る証拠はない。つぎに、被告人Rは、被告人Uの姦淫行為についてその場所をあつせんして協力した後、これに便乗して○○子を姦淫したものであり、同女も被告人Rに姦婬されることについてはかなりの反感を持つていたものと認められるが、同被告人は、上記のごとく、姦淫行為に随伴する有形力の行使のほか格別の暴行脅迫を加えておらず、本件証拠をもつては、同被告人の姦淫行為についても、被害者の反抗を著しく困難ならしめる程右の暴行脅迫を手段としてこれがなされたものと認めることはできない。また、被告人両名にはKと共謀のうえ、同女に対し、このような暴行・脅迫を加えて強いて同女を姦淫しようとの意思すなわち共謀による強姦の犯意があつたものと認めることもできない。
第三結局、本件は被告人両名につき、いずれも犯罪の証明がなかつたことに帰するから、刑事訴訟法三三六条後段を各適用して被告人両名に対しいずれも無罪の言渡しをする。
(石松竹雄 松本朝光 浅野正樹)